役立つ話病気

心臓病と麻酔

こんにちは、獣医師の木村です。今月はまた麻酔のお話にテーマを戻したいと思います。

前回までは、麻酔リスクの評価法、犬種、猫種別の麻酔時の注意事項についてお話ししました。

今回は、複数回に分けて、特定の基礎疾患を持っている子に麻酔をかける際にみなさんに知っておいてもらいたいポイントをお話ししようと思います。

「うちの子は、こんな病気を持っていますが麻酔は大丈夫でしょうか。」

という質問は、去勢や避妊手術、歯石除去の場面など、比較的健康な子の飼い主さんからもとても質問されます。その中で特に聞かれることの多い心臓病について今回はお話しします。

手術や検査をする上で麻酔が必要になったときに、麻酔について質問される頻度が多いのがこの心臓病です。わんちゃんでは僧帽弁閉鎖不全症、ねこちゃんでは肥大型心筋症(左室流出路狭窄も含む)が圧倒的に多いです。そもそも麻酔をかけるお話しになった時点で麻酔はしないと心に強く決めている方もいらっしゃり、その飼い主さんのお話を伺うと、少なくない頻度で、以前に飼っていたわんちゃんやねこちゃんが麻酔で亡くなったというケースに遭遇します。

今回は例として、犬の僧帽弁閉鎖不全症の場合の麻酔についてお話しします。

基本的に、体をめぐる血液は一方通行でなくてはならず、逆流が起こってはいけません。それは心臓でも同じであり、肺から肺静脈を経て戻ってきた血液は心臓の左心房→左心室→全身→右心房→右心室→肺→左心房…というように循環しています。

僧帽弁は左心室から左心房への血液の逆流を防ぐ弁です。この弁が正常に機能しなくなると逆流がおきてしまい、左心室から左心房に血液が流れてしまいます。

血液の流れを道路に例えるとわかりやすいです。一方通行の道路なのに、逆走車が次々に左心房に入ってきます。病態が軽度であれば心臓は頑張って収縮し、その血液を左心室→全身に流すことが出来ます。(フランク・スターリングの法則といいます。)しかし、心収縮力が弱ってきたり、逆流量が多くなると、それを処理しきることが難しくなってくるのです。そうなると左心房に渋滞が起こり、さらにその次に渋滞を起こすのは肺静脈です。そしてついに肺にまで渋滞がおこってしまうと、肺水腫となり呼吸困難になってしまいます。

では、麻酔はどのようにこの病気に影響するのか、主な2つの変化について説明します。

麻酔薬による循環抑制(心臓収縮力低下・心拍数低下および上昇・血管拡張作用)

実は麻酔時は各麻酔薬の影響によって心収縮力が弱り、心拍数も変動しやすくなります。健康な子では弁が逆流を防ぐので、ある程度機能が落ちても、無事に血液を全身に送り出すことで、心機能、血圧を維持しやすいのですが、弁膜症の子では、覚醒時に保っていた心臓のバランスが崩れると、うまく血液を全身に送り出すことが難しくなります。心臓に血液が渋滞し、さらに悪化すると術後に肺水腫を起こす可能性が高くなるのです。また、麻酔薬による血管拡張作用によって血圧が保てなくなり、術後の合併症も引き起こす可能性も高くなります。

麻酔モニターから実際に起きていることを予測し、強心薬、輸液、血管収縮薬などを用いてこれらの悪化を防ぎます。

痛み刺激による心拍数の変動、血管収縮

手術をするために麻酔をかける場合は、痛みが心臓病の大敵になります。

体が痛みを感じると、血管収縮と心拍数上昇により血圧が上がります。心臓の出口の血管も収縮してしまうので、これまた心臓内で血液の渋滞が起こりやすくなります。適切に鎮痛を行うことで、この現象を防ぎます。

ここでひとつ混乱が生まれます。

「痛みで血管が収縮し、麻酔薬で血管拡張する?」

「痛みは心拍数を上げて、麻酔薬は心拍数を上げたり下げたり?」

そうなんです、このように様々なことが体内で同時に起こるので、このバランスを様々な検査や麻酔モニターから見極めて、必要な処置を行うのが麻酔担当獣医師のお仕事になります。また僧帽弁閉鎖不全症一つをとっても、重症度はその子によっても、その日によっても変わるため、当日の麻酔前に必ず心臓を評価してから麻酔に臨んでいます。

さらに、必要に応じて術中、術後にも油断せずにモニターを行うことで最大限に事故の発生を予防しています。

手術をしようか迷っているけれども心臓が悪いを言われていて、手術に踏み切れていない、そんな方がいましたらいつでもご相談ください。

次回は、たぶん腎臓病患者への麻酔についてお話しします。

獣医師 木村